推しである岡宮来夢くんがエレン・イェーガーを演じると解禁されたのは、9月5日のことでした。
エレン?!?!!!!!!あの、エレン???????????
進撃の巨人が大流行した8年前に読んではいましたが、その後話題になればつまむという程度だったので、これを機に再履修してきました。全34巻。
結末を知っている状態で読み直したので、序盤、エレンの「THE 主人公」っぷりを見て不思議に思いました。
エレンってすごく強靭な精神力を持ってるじゃないですか。折れない意志。
(くるむくんが過去に演じたキャラクターだとブルーピリオドの八虎くんが近い気がします。いわゆる主人公属性。)
そのエレンが、自身の自由と引き換えに選んだのがあの結末なのか?果たして、そうなんだろうか。
そういうことを考えながら読み進めて、考えたり感じたりしたことを以下にまとめます。
めちゃくちゃネタバレしてるのでご留意ください。
(また、なるべく簡潔に記載するため固有名詞を意図的に減らしています。ご容赦ください。)
エレンの強さと優しさ
読み進めていくうちに反省しました。てか一回じゃわからん。て。
とりあえず一度最後まで読み切って、エレンってめちゃくちゃ優しいんだろうな、と思いました。
その強さにばっかり目が行っていたけど、エレンはたぶん誰よりも優しいんだと思います。
今度はエレンの優しさに焦点を当てよう!と思いながら二回目読みました。
エレンは目の前で母親を巨人に食べられたことで、「巨人を駆逐」することを目的として調査兵団へ入ります。いくつもの別れを経験して、とうとう父親の遺した手記にたどり着き、「世界の事実」を知るのです。
壁外にも人類がいる。それどころか、壁内の民族を「巨人化できる民族」として差別している。
巨人が絶対的な悪だと描かれていたこれまでから一転、エレンと、主人公である彼を通した我々読者に、「迷い」と「絶望」が提示されます。
これが18〜19巻くらいまでの内容なんですが、ここからめっちゃ難しい。
エレンがいつどこで何を見て、誰と接して、何を知って、どう感じたのか。時系列を整理しながら読みました。
父親の記憶を継承したエレンは、その後、式典にて女王に触れた際、「始祖の巨人」の力を発揮します。
そこで見たものは「避けられない未来」でした。
何年先かわからないけど、自分が巨人を先導して地鳴らしをして、それをミカサが止める。見えた結末に向かっていくのをエレンは止められません。
2年後、異母兄であるジークがエレンたち壁内と接触を図ってきます。
ジークはライナーたちと同じように壁外で「巨人化できる民族」として差別を受け、戦士として国に尽くし「獣の巨人」を継いでいました。
壁内へ来る前、エレンの父親が王族の子孫との間にもうけた息子であるジークは、「始祖」と接触する力を持っています。そのため、彼は「始祖の巨人」を必要としていました。エレンが彼の思想に賛同しなければ、その力を奪うつもりでした。
「安楽死計画」とは、「始祖ユミルの能力を使い巨人化できる民族の生殖能力を奪うこと」でした。
巨人化できる民族もその能力も、あってはならない。
だから、その民族をゆっくりゆっくり減らしていく。
エレンはその「安楽死計画」に賛同するふりをして、ジークに近づきます。ジークを介し、「始祖ユミル」と接触しようとしたのです。
どうあがいても未来は変えられない。
自分たち巨人化できる民族はいてはならなかった。
生まれてくるべきじゃなかった。
絶望や自責を抱えるなか、エレンはジークに近づき、そして、ライナーの生まれ育った国へ潜入します。
母親が死んだ原因を作ったライナーに、一時はできるだけ苦しめと吐いた相手に、理解と共感を寄せます。
ここまでが、時系列順に内容を整理したやつです。自分用。
で、ここからは原作を読んで私が解釈したやつなのですが。
エレンが「結末を変えられないのなら過程を変えよう」と思ったのはここじゃないか、と思いました。
ライナーから贖罪の意思を聞き、さらに、敵国で「戦鎚の巨人」を継ぐ一族の主の「死にたくありません」を聞いたとき、エレンの表情が大きく変化しています。
生まれてくるべきじゃなかったかもしれないけど、でも、生まれてきた。死にたくない。
それはエレンの自由意思でした。
エレンの自由意思と始祖ユミルの意志
「意思」は「思考・気持ち」、「意志」は「意向」と使い分けられます。意思にはぼんやりと思い描くものも含まれますが、意志には、はっきりとそこに向かうというニュアンスが含まれます。
作中において、エレンとアルミンの会話では「自由意“思”」、始祖ユミルには「意“志”」と使い分けられていました。
もしかしたら特に意味なく異なる漢字変換がなされただけかもしれないのですが、ここに意味を見出してみようと思います。
終盤、始祖ユミルが、地鳴らしを止めようとするアルミンたちに抵抗することは、「意“志”」と書かれていました。(135話34巻)
少し戻って30巻第122話、「巨人化できる民族から生殖能力を奪う」というジークの命令は、始祖ユミルの意志によってキャンセルされています。
それは、エレンが「誰にも従わなくていい、お前が決めていい」と教えてくれたから。
さらにそこから物語が進んで、始祖ユミルは自分に子どもを産ませた王のことを愛していた、と明かされます。(139話/34巻)
愛が欲しかったんだろうな、と思いました。
もっと言うと、ずっと孤独だったんじゃないでしょうか。
欲していたのは愛かもしれないし、同胞かもしれないし、家族だったのかもしれない。とにかく、孤独を抱えていたのだと思います。
だから、九つの巨人を継承した者はみんな、始祖ユミルの住む道に繋がっている。
それは、ユミル自身が繋がりを求めていたから。(137話/34巻)
エレンが始祖ユミルの孤独を知ったのは終盤も終盤です。
とっくにジークの計画に乗った後だし、アルミンと「自由意“思”」という会話を交わした(112話/28巻)だいぶ後のことです。
だから、エレンはユミルのために動いていたわけではありません。
ここがすっごい引っかかるんですよね。
エレンは何を考えていたんだろう。何に重きを置いて行動していたんだろう。
エレンが知っていたのは、「避けられない未来」だけ。
そして、ジークの計画にそのまま乗れば、友人である女王は子どもを産まされることになる。尊厳を陵辱される。だけど、乗らなければ戦うことになるから、計画に乗るふりをするしかない。
エレンには、確固たる「意“志”」があったわけではないのです。
ただただ、友人たちを守りたかった。
彼らの尊厳を、「意“志”」を、尊重したかった。それを「選択」したんじゃないかな。と思いました。
進撃の巨人が描く「絶望」
もう最後のネタバレまでしちゃいますが、ハッピーエンドではないですよね。進撃の巨人。だって主人公のエレンは死ぬんですよ。世界から糾弾されて。
もうすごい、絶望、絶望、絶望のオンパレード…。希望が見えたと思ったら次の展開でつぶされる。
ありとあらゆる「絶望」がこの作品では描かれています。
とくに、エレンのような強靭な意志が、なすすべなく折れてしまうのは、すさまじい絶望だなと思いました。
それから、「親子という呪い」がめちゃくちゃ強く作用してるんですよね。
エレンもジークも、父親から託された思想に強く影響されています。あの道を進むしかなかった。ライナーは母親を喜ばせるために戦士になったし、女王ヒストリアはエレンによって父親からの呪いを解いた。
気付きたくないんですよね。親がしてくれたものは愛情だったって信じていたい。この辺はヒストリアとその父とのやりとりで描かれていました。
親が愛情と嘯くそれが「誰かのやり直し(代わり)」だとか、「自己保身」や「自分本位」だとか、気が付きたくないんですよ、誰だって。それに勝る絶望は人間社会には存在していないので。
興奮しちゃった〜〜!
ジークは「今度の息子は愛されていたらしい」と言って、最後に自分だって愛されていたと知って終わるわけだけど、愛情かなあ。いじわるでごめん。
ありとあらゆる絶望が描かれているので、昏い快感を得られます。進撃の巨人。
ミュージカル、楽しみだな〜!
そうは言ってもエンタメなので、(パライソがそうだったように)暗い気持ちで終わるような演出にはならないと思う、ので、!
無事に初日の幕が上がりますように。祈っています。
(ファンタスティックスも観に行くよ〜!楽しみ!)
付記として。
村田充さんが演じられるわけなので、ハンネスが重要なキャラクターとして演出されるのだと思います。
ということはエレン奪還編で締めですかね。
「お前は!!なんッッッにも!!できねぇじゃねぇかよ!!」と狂ったように笑うくるむくんが見れるってことだね。楽しみだね。ハムレット以来だね……。
(と、思っていたらくるむくんもインタビューでエレンに似た役としてハムレットを上げてました。)
(5 guys shakespeare ACT1:[HAMLET]のダイジェスト映像はこちら)