[カリdeステ感想]伊藤ふみやはなぜ笑ったのか
超人的シェアハウスストーリー「カリスマ」の舞台版を観に行ってきました。カリスマdeステージの「おいでよ!カリスマハウス」。
原作ボイスドラマの2ndシーズン後編に当たります(前回のが前編でした)。
私は初日2/13と2/14マチソワ、2/15マチネの計4回観に行きました。
すごい良かった。伊藤ふみや役の京山陽春が。
記憶を保存するために書き残しておきます!!!!!!!!!!!!
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「バスは来ない」やアイススケートがなかった代わりの、
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今回の伊藤ふみやくん、とにかく「クソガキ」でした。
猿ちゃんとの絡みは男子高校生すぎたし、テラくんとの絡みはめちゃくちゃ“姉弟”だった。
3人が洗濯物投げ合うシーン、ほんとにクソガキ×3で……もう…ありがてえ〜……。
そう、初期からは考えられないくらい、「伊藤ふみやはみんなに心を許している」のです。
とはいえ、原作ではここまでクソガキじゃなかった。サイコパスキャラからクソガキにキャラ変したものの、ここまでじゃなかったんです。
舞台版が大仰だった。
おそらく、舞台版では「バスは来ない」をやらなかったからではないか、と思われます。
原作ボイスドラマ87話「バスは来ない」にて、伊藤ふみやがポロっと言います(10:43頃)。
「俺はこうして 気が合う奴らと、なんでもない時間を過ごせているだけで 十分なんだ」
すげー本音だよマジで(*1)。
大好きじゃん。住人たちのことが、大好きなんじゃん。
でも、前編ではやらなかった。尺の都合でカットされちゃった。
そのため、「伊藤ふみやはみんなをどう思ってるのか」が、明言されていない。
それを演技で表現したのがあのクソガキっぷりだったんだと思います。
ふみやがどれだけみんなのことが好きか、演技で表現してくれたんだ……はあ…ありがとう……。
「バスは来ない」以外にも、カットされたシーンは多々あります。
たとえば99話「Xmasプレゼント」で、みんなでアイススケート行くシーンだとか。105話「あ〜」の温泉だとか。
住人全員で仲良ぴ♡きゃっきゃっ♡するシーンです要は。
それがないぶん、住人たちの仲良ぴ♡きゃっきゃっ♡も演技でやってくれてた。ありがたい。
序盤、虎姫の部屋にみんなで突入する前。7人で「どうぞどうぞ」ってやってるんですよね。コピーライトダチョウ倶楽部。かわい〜。
あとは、理解が「悪いこと」にチャレンジしようとしてるシーン(98話)。
ゲーセンはセットの2階で、1階はリビングでした。その1階の方、リビングのセットで、依央利・猿川・大瀬・テラ・天彦の5人がお酒を飲んだりゲームしたりしてました。かわいい。
伊藤ふみや(19)がいない隙に酒盛りするお兄さんたち……。
ここほんと好き。依央利がみんなにお酒注いでくれるんだけど、2/15マチネは乾杯しようとしてるのに大瀬がポテチに夢中になってて、、かわいかった〜。
「みんなのことが大好き」「みんな仲良し」なのを演技で見せてくれるの、ほんとにほんとにありがとう。最高だった。
この時点で、じゅうぶん、最高だったんだよ………………。
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伊藤ふみやはなぜ笑ったのか
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「みんなのことが大好き」「みんな仲良し」を演技で表現してくれた時点で、もう、最高だったのに。なのにさあ。
“““最高の乗算”””されちゃった……………………………………依央利のブレイク回で……。
この話するか。
今回の舞台で最も“““高”””だったシーンの話。
笑うんですよ。伊藤ふみやが。
それは舞台終盤。
「服従のカリスマ」本橋依央利は、「誰にでも服従する」。それが敵であっても。
だから、敵──中神が依央利に「君が必要」と協力を乞うと、依央利は従ってしまうのです。そして、家を出て行こうとする。
みんなが驚いたり憤ったりしながら、依央利を止めようとする中で、
伊藤ふみやだけが笑っていました。
大きな声をあげて。まるで、壊れたかのように。
彼は笑いながら、ソファに落ちていきます。ずるるるる。腰が降りてソファに落ちて、引っかかる。浅い位置で腰掛けるような格好になる。
そうして、怒ってるみたいな呆れてるみたいな顔で、依央利を見ます。
そこに、依央利が言う。
「だって、みんないつかは僕から離れていくでしょ?」
「みんないつかは僕を必要としなくなる」
「だって、仮住まいだもん。永遠ってことはない。いつかは終わりを迎える」
「その時、僕はどうしたら良い?」
「なんにも、なくなっちゃう…」
依央利のセリフは原作そのまま(104話)です。
しかし、ふみやの感情の発露だけが、大きく異なっていました。
依央利が感情を吐露するあいだ、ふみやはじいっと、時には目を逸らしつつ、しかし全神経を依央利に向けています。
ぐったりとソファに体を沈めたままで。
──茫然自失の笑い。
言語化するならそれが一番近いと思います。
………………びっ……くりした。
まじで。まじでびっくりした。
ふみやって“そう”なんだ。
依央利が、出ていくってなったら、その理由を「いつか終わっちゃうならいっそ誰でも良い」って言ったら。
壊れたみたいに笑って、崩れ落ちて、泣きそうになっちゃうんだ………………。
クソデカ感情すぎるだろ。
ここで依央利のソロ曲が挿入されるんですけど、もうなんか、あんまり記憶にない。
だってずっとふみやのことを見てた。双眼鏡で。
ほんとにすごい感情表出だったから〜……。
ソロのとき、舞台上にいるほかのキャラはダンサーとして演出に加わるのですが、
ふみやはみんなよりも一足早くその役割を終えます。
終盤、みんなまだ踊ってるのに、一人だけ先に「伊藤ふみや」に戻る。
ポケットに手を突っ込んで、ソファをぐるりと周って。
依央利の斜め後ろに移動するのです。
最初は背中を向けて、首だけで振り返りました。次に、体ごと、依央利に向けます。
曲が終わりました。
その時の、切ない、顔………………………………………………ッ。
置いてかれる子どもみたいだった。(*3)
今にも泣き出しそうなのに、でも頬を緩めて口角を上げて、ふみやは言います。
「続けりゃ良いじゃん」
「いつか終わらないとダメ?なんで?」
「別に、ずっと一緒でも良いだろ」
「依央利。俺だってなんもねえよ。お前と一緒だ」
セリフは原作と同じ。
初日こそ、早口でセリフを言いながら途中でソファに座りましたが、それ以降は立ったままセリフを言ってました。そのあと座ってた。
2/15マチネでは、みんなのとこ戻ってきた依央利に笑顔で「お手」ってしてた。はあ。よかったね………………。
すごいな。
すっげ〜〜〜〜〜𝙺𝙰𝙽𝙹𝙾だった。クソデカすぎる。
ふみやって、ほんとに、住人みんなのことが大好きなんだ………………。
みんなのことが大好きだけど、自分がやらなきゃと手を出すのは依央利と大瀬だけだな、とも思っています。
前編では天彦が家には帰らないって言ったら一旦引いてみんなで出直したし、今回の前半で、テラががハロウィン参加しないってなっても見守ったし。
依央利の暴走を止める担当と、大瀬のカウンセリングの担当が自分だと思ってるんでしょうね(*4)。
原作では、依央利のブレイク回(104話)が終わったあと、106話「one day」というエピソードがあります。
みんなの成長を描いたり今後のフラグを立てたりする回。
おそらく続編が未定なのか、フラグ部分(*5)は全カットでした。
でも、「成長」というか「変化」の部分を、ふみや役の陽春くんは演技でやってくれてた……(感謝…)。
「one day」冒頭では、ふみやは依央利の買い物についてきています。荷物を持とうとしたり(断られたり)、抜け出してチョコを買いに行ったり(阻止されたり)します。
それがなかった代わりに、後編終盤の、伊藤ふみや。あのさあ。メッッッッチャ依央利に構ってもらおうとするじゃん。
おやつ下げるとき目じっと見てなんか言ったりさあ。
モップかけてんのに呼び寄せて、腕揉ませたり肩揉ませたりさあ。
前編では依央利の方が「ふみやさんどうします?」ってチラチラ見てたのに、後編、逆なんだ……と思いました。はあ。
チラチラ見るのが増えたの2/14マチネからだったと思う。
打ち合わせなしだったのか、マチネ時点では、ふみやがチラチラ視線合わせに行っても、依央利の方は別のところを見てることが多かったです。でも、ソワレからは結構頻繁にアイコンタクトが成立してた。
伊藤ふみやくん、よかったね〜……。
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テラもめちゃくちゃ良かったよね
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今回、テラくんがすっっっっっごい良かったです。
テラくん役の丸山和志くんの演技が。すっごい良かった。
稽古中のお写真から、丸ちゃんは一人で写ってるのばっかり上げておられて、オタクは勝手に深読みしてました。「役作りだ!!!!!!!」と。
公演観て“確信”に変わったよね。
役作りだった!!!!!!!!!!!
丸ちゃんが孤独を作り込んで演じ切ったテラくん、ほんっと〜に良かった。
ソロで毎回泣いちゃった。
テラ編、あのときテラが会って決別したのは親だと私は思っています。だって虐待親って愛してるって言わせがちだから。
その親と決別できたからこそ、
ようやくテラ(本当の僕)と「テラが自分を愛すために作り上げたもう一人のテラ」が統合できたんだというふうに解釈しています。
「もう一人じゃないんだ。だから一人になれる」の部分ほんとに好き。ダブルミーニングじゃん。ありがと〜……。
もっかい観たいょー。
今回、ほんとに自分だけもう現場ないのがつらくて、2/15に帰ってきてからSNS全然みれなくなってた。現実を受け止めたくなさすぎた。
ほんとにありがとうカリスマdeステージ──。

(これはアイドルブレイクに備えてデコっていたケースが功を奏した写真です)
(“思想”が透けててすみません)
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*1
メタ的な話をすると、あの発言が「嘘」である場合、それは裏切りフラグにほかなりません。実際に、直後の89話・90話は、ふみやはみんなを裏切った──と見せかけてそこまで計算だった、というエピソードでした。
なので、逆張りの逆張りをしない限り、あの発言は「真実」だと考えるのが適切だと思います。ミステリーならありうるけどギャグだもんなカリスマって。しかもキャラクターコンテンツだし。
*2
依央利が中神についていこうとして、壊れたように笑うふみや、“““良”””すぎて絵に描き起こしておきました。
忘れたくないから……。
あの日の衝撃と感動と𝐁𝐈𝐆 𝐊𝐀𝐍𝐉𝐎を…………。
公演の直前に(稽古期間中に)「奴隷マグロ」の公開があったので、
それがふみや役の京山陽春くんの演技に影響したのかなとも思っています。
「奴隷マグロ」、ふみや・依央利・虎姫3者の昼ドラごっこはまあ仕込み(虎姫をブレイクさせるため)(*5)だと解釈してるのですが、
そこで出てきた感情は““ガチ””だと思うから……。
伊藤ふみや、本橋依央利にクソデカ感情すぎる。
(3/1追記)
笑ったの自体が陽春くんのアドリブだと思ってたんだけど、FC配信で「あれ原作にあるのよ」って言われて急いで聞き返したら、まじで笑ってた。え。全然気づかなかった……。104話100000000回くらい再生してるのに………………。
あのシーン、伊藤ふみや、笑ってんだ……。
で、「どういう風に笑ったか」の陽春くんの解釈と演技が、“あれ”だったんだ…………………………🤦♀️
*3
めちゃくちゃ余談なんですけど、
私は伊藤ふみやくんを、しかも60話の伊藤ふみやを、「ようやく安全基地を見つけた子ども」だと解釈しています。
〜ここから考察〜
そも、あの衣装、完全に「受刑者」じゃないですか。アメリカの囚人服じゃん。でも、19歳設定。
だから「少年院を出たばかり」が真だと思います。
たびたび外泊する理由としても辻褄が合うんですよね。保護司との面談。
以上、ここまでが考察。
以下は解釈の話です。
その①。
いわゆる「少年の犯罪」って、突き詰めると社会問題なのです。例外なく。機能不全のない家庭で育ち、友達にも恵まれていたとしたら、子どもが犯罪を犯すことはない。
7話で、伊藤ふみやくんは同居人・大瀬の財布からお金を盗りました。しかもそれを、別の同居人の天彦に見咎められている。
もしも彼が「学校」を経験しているのなら、こんなことにはならないと思いました。
だって、怒られるもん。
盗んだら怒られるんだよ。大人に。「学校」では反省文を書かされたりします。「処罰」として。
だから──見つかると面倒だから──、「学校」に行っていたなら、「大人に見つからないように」お金を盗むはずなのです。
実際に、天彦はふみやを怒ります。そんなことをしてはダメだと説きます。──でも、最終的に、自分の財布からお金を渡してしまいました。
ふみやの周りにいた大人って、みんなこうだったんじゃないかな。
「学校」の先生みたいに「処罰」をするような大人が、ふみやの周りにはいなかった。
彼は教育の現場ではなく福祉の現場で育った子だと思います。
たとえば少年院。たとえば、児童養護施設。
その②。
「こたつ」において、みんなで年末年始の帰省について話す中で、ふみやはハッキリとこう言います。「俺たちそういうのないからな」。
ふみやに限らず全員、居場所を求めてこの家に集ったので、このセリフ自体は新情報でもなんでもないのですが、明言されたのは初めてでした。
ここで下記の解釈が補強されます。
ふみやは、機能不全のない家庭──いわゆる「『平和』な暮らし」を、知らなかった。
ではここで、60話「雨」に戻ります。
「雨」は起伏がまったくないエピソードです。
雨が降り続くある日、ふみやが読書をしていると、依央利が「洗濯物が乾かない」と歌い踊り出した。それを咎めるものの、依央利はまったく言うことを聞かず、やがて立ち去る。
依央利が去ったあとの部屋で、ふみやは、鼻歌を歌います。さっき依央利が歌ったものと同じリズムで。そして、つぶやくのです。「平和だ」と。噛み締めるみたいに。
彼が、「少年院を出たばかり」なのだとして。
機能不全の家庭に生まれ、学校にもほとんど行かず、「『平和』な暮らし」を知らなかったのだとして。
それを知ったのが、60話だったのだと思います。
そう思ってます。ずっと。初めて聴いた時から。ハァ………………。
ま〜た注釈を記事本編くらいのボリュームで書いてしまった。。
*4
ふみやって大瀬に対してめっちゃ優しいんですよ。優しいっていうか、「援助的態度」。
バイステックの七つの原則そのまんまなんです。
希死念慮を否定しない。否定せず、受容する。そして「もっと話がしたい」と水を向ける。
パーフェクト対応。
今回の、河川敷のシーンもカウンセリングすぎた……。
京山陽春くんの伊藤ふみや解釈、一生信頼できる。ありがとう。
*5
フラグについて。
106話「oneday」において、ふみやは理解から「資源問題に関する資料」を借りています。そして、理解に何かを言いかけるも中断し、──カリスマレーダーを起動しました。
売る気じゃん絶対。
中神が1億円かけても欲しがった、この、「カリスマの力」を。売る気じゃん。資源問題対策としてさあ。
ここまでは考察。ほぼ間違いないと思います。
ここからが解釈というか、展開予想です。
虎姫柊をカリスマブレイクさせようとしてるだろ。伊藤ふみや。
虎姫がハウスに入居したのは、中神に「捨てられた」からです。彼の本意としては今でも、「中神の助手を務めたい」「中神から認められたい」のはず。
じゃあ、それが叶うとしたら?
中神は、カリスマに対して異様な執着を見せるキャラです。そしてそれを、当の7人は疎ましく思っている。一時は家から逃亡したほどに。
虎姫が「カリスマ」になって、カリスマブレイクして、中神の研究対象になり得るとしたら。
全方向ハッピーなんですよね。だいぶ。全員がハッピーになる。
なのでプレ3rd、今のところ、私は「虎姫がカリスマブレイクするまでの道のり」だと思って見ています。
ミュージカル『四月は君の嘘』を観たよ
メッッッッチャ遅くなったんですが、
ミュージカル『四月は君の嘘』をだいぶ前に(半年前に…)観たので、記録として書きます.ᐟ.ᐟ

「四月は君の嘘」という作品を、名前とジャンルくらいしか知らない状態で観に行きました。
(現在に至るまで原作もアニメもみてないです)
「高校生」「青春」はくるむくんの一番得意なやつというか、パブリックイメージまんまじゃないですか。「ほぼ当て書き」なodd boysもそうだったし。
だから、原作ミリしらだけど、「合ってるな〜」という印象でした。
そう、ミリしら。マジでなんもわかんなかった。
「君の嘘」なんだから、まあヒロインのかおりちゃんがとんでもない嘘ついてたんだろうな、叙述トリック的な……みたいに思ってました。
嘘なんだろ。耳聴こえないとかかな。まあ、全然そんなことなかったんですけど。ミステリー脳すぎた……。
おそらく、原作の流れを3時間で収めるRTA式ミュージカルなんだろうな、と思います。
なんか各々悩みながら夢に向かってる、らしい。けど、なにせRTAなので、ぜ〜んぜんわからん。
今までに培った「青春あるある」を使って内容補完というか、感情を補填しながら観劇しました。
それができるのは、ひとえに、楽曲が良すぎたからです。
ミュージカル『四月は君の嘘』、楽曲が良すぎる。
RTAだし青春あるあるだしで、正直、キャラクターの誰にも感情移入できなかったんですけど、でも、泣いちゃった。
キャストさんたちの歌がうますぎて。
歌唱力だけで泣かされちゃった……。
キャスト全員が「歌うますぎ」なので、楽曲の持つ説得力がめちゃめちゃデカかったです。
▼私が行った回のキャストさんはこちら

主演の岡宮来夢くん、歌うっま。
どんどんうまくなってる。5年推してるけど、本当に、チャリブラのときとは比べものにならない。うまくなったネ、、、、、。
びっくりしたのが、音源と歌唱力が変わんないことでした。音源と同じ声量・同じ安定感だった。
ヒロインの宮園かおりを演じていた、宮本佳林ちゃんもすごかった。うまかった〜。
原作もアニメもみてないので、ミュージカルで得た情報だけで印象を語りますね。
たぶん、「四月は君の嘘」という作品、魅力の大部分を担ってるのが、ヒロインの宮園かおりというキャラクターなんじゃないでしょうか。「SPY×FAMILY」という作品の魅力の大部分がアーニャみたいなのと同じかんじ。
つまり、「宮園かおり」というキャラクターがきちんと魅力的に描ければ、「四月は君の嘘」という作品も魅力的に映る。
ミュージカルを観て、そういう印象を受けました。
ミュージカル版はとにかく「楽曲が良すぎ」だったので、宮園かおりちゃんの魅力に加算される形で、魅力が上がってると思います。
おそらくは原作の漫画版には漫画版としての魅力が、アニメ版にはアニメ版の魅力があるのでしょう。
で、その、宮園かおりというキャラクター。
なんかもう、ヒーローすぎる。
全編通して「こいつのメンタルどうなってる?????」しかない。ヒーローすぎ。なんでそこまでやれるんですか?
とにかく宮本佳林ちゃんの歌がうますぎたので、当然、めっちゃ良い子や〜かわいい〜かっこいい〜という気持ちになったのですが、
いろいろと理解が及ばないとこもありました。
たぶん、漫画やアニメでは、もう少し年相応の女の子だったんじゃないかな。弱さを吐露するシーンもあったりして。
なんていうか、「恋する女の子の猪突猛進さ」な気がしました。そしたら整合性がとれる(私の中で)。
推定ですが、「宮園かおりの強さ」が原作よりも強調されていたのだとして。
では、主人公の「有馬公平」は?
ミュージカル版というより、岡宮来夢くんの「有馬公平」のイメージなのですが、
本来の有馬公平よりキラキラしてたと思います。
作中、「卑屈」と言われまくってたけど、くるむくんの有馬公平、全然卑屈に見えなかった。
良くも悪くもくるむくんは「優等生」なので、それが役に影響したんだと思います。
でも、たぶん、それがよかった。
宮園かおりちゃんがかっこよすぎるから、原作通り卑屈な主人公だったら、もう完全に「食われてた」と思う。
バランスがよかったなって思います。
おしまい
[カリdeステ感想]京山陽春くんの伊藤ふみや、“生きてた”
2025年、4月──。それは突然でした。
なんとなしに、なぜか「カリスマ(*1)のキャラデザってメッチャ良いよな」と思いました。天啓のようなものだったのでしょう。気づけばpixivで「本橋依央利」と検索し、てかもうマジで原液を摂取したいと思うようになり、やがて、YouTubeで全話視聴しました。この間、たったの3日。2025年のGWのことでした。
マジでなんで???????????
とはいえ、最初は、「舞台の現場に行くほどではない」と思っていました。そこまでじゃない。
しかし、オタクが「そこまでじゃないわ(笑)」と宣うとき、すでに「そこまで」になっているのです。そういうものなのです。
どういう思考の過程を辿ったのかまっっったく思い出せませんが、私は、いつの間にか「カリスマ 舞台」で検索していました。
そして、スタッフの欄に、見つけてしまったのです。
脚本・演出 川尻恵太
………………え?
カリステの脚本演出、川尻さんなの??????は??????????
実は、私は、川尻さんが監督を務めていたドラマ「テレビ演劇『サクセス荘』」が、メチャクチャ好きだったのです。
推し(岡宮来夢くん)は一切出てなかったのに、全話観てました。3期のみリアタイだったので、放送終了後にYouTubeに上がるキャストトークまで観てた。メッチャ好きじゃん。なんだこいつ。
ねえ。川尻さんなの?脚本演出。
そうだ………………サクセス荘も、“““シェアハウスコメディ”””だったじゃん………………。
ピースが嵌る音がしました。
現場で観た感想及び印象
私が入ったのは、8/29ソワレ(初日)、8/31マチソワ、9/1マチネの合計4回です。

▼原作との大きな違いはこちら
ふみやと依央利のオタクのため、気づきがそっち中心になっちゃってるので、この二人(と中神)については後述します。
ほかのキャラクターだと、理解は原作よりステの方が素直なので、
ふみやがみんなに「ありがとう」って頭下げるシーン(89話)で、理解も頭下げてた。かわいすぎ。
ステの理解って感情がめっちゃ豊かでもう表情がすでにうるさいみたいな味付けなんだけど、演じてる岩田くんの性格なのかな。
この理解は絶対逆ギレしない。
あとこれは違いというより、ステでキャラクターの動きが可視化されたことによる発見ですが、
大瀬が仲間を守るために中神に協力しようとしてるシーン(78話)、「前にいたところでは〜」のセリフのときに微笑んでて、
アッこのセリフって依央利を指してたんだ、そして大瀬はそれを大切に抱えてるんだ、ってなりました。ありがとうつゆ。
ステの理解と大瀬めっちゃ好きです。
丸ちゃんのテラもめっちゃ好き。
テラは男性性と女性性どっちも持ってるから、
男性が演じるとなると、少しでもバランス崩したら女性性の方が強く出ちゃうキャラクターだと思うんですけど(*2)、
丸ちゃんのバランス感覚まじですごい。
原作との乖離が一番小さいのが猿ちゃんだと思う。
駿くんって関西出身で普段コテコテなのに、猿ちゃんのとき全然関西押さえててすごいなってなんかいつも思ってる。
天彦はさーー。一番“どういう好きになれば良いかがわかりやすい”じゃないですか。7人の中で一番。天彦の言動にどう反応するか悩まなくて良い。
そんで、原作の天彦はセクハラしてもちんちん言うても、コロコロコミックか?みたいな幼さがあるんですけど、ステの天彦さあ。
でもこれも、涼星くんの役作りがどうとかってよりは、二次元のキャラクターがリアルに現れたことによる生々しさだと思う。
天彦の言動ってシンプルにセクハラなんですけど、いやらしくならずに「セクシー」に昇華させられるの、やっぱ涼星くんってすごいね。
続いて、各回の印象に残ってること。
║1回目║8/29ソワレ(初日)║
初日は主に「原作との相違点」に着目してた気がします。
でも、「87話『バスが来ない』がない⁉️」「てかブレイク曲このままやらない感じ⁉️⁉️」「待ってラップバトルブレイク曲井手コウジさんじゃない⁉️⁉️⁉️(*3)」で頭いっぱいになって、
終盤な〜〜んも記憶ない。
あと、会場入ってすぐスゲ〜〜ッ!!!!!てなったのが、舞台の使い方でした。
品川ステラボールって上手下手に寄った席だと板の上が見切れると有名な劇場で、私も旧ヒプステのナゴジュク公演のときに洗礼を受けたのですが、今回、すごい、全然見切れない。すごすぎ。
よく見ると、舞台の左右にセットを置いて、そこに演者が立てないようにしてました。すごすぎ〜〜。
これたぶん川尻さんが小劇団の方ゆえの視座ですよね。ありがとうございますほんとに。
それからカリスマセクショー(仮)。
原作ではセクシー野球拳とか言ってみんな全裸になっちゃってたので、舞台どうするのかな〜って思ってた。メチャ良いじゃん!新曲〜!
うれしかったです。
║2回目║8/31マチネ║
初日は上記のように余裕ゼロ!!!!!だったのですが、ホテルに戻って配信観て、一日空けて(ピューロランド行きました)、
8/31は結構いろいろ確認できた気がします。
配信ではカメラに抜かれてなかったとことか。
まずひとつめ。
序盤、中神たちが家に襲撃するシーン、猿ちゃんがバットを振り回してる間にみんなは逃げます。
ここ、ここさあ。
バットを猿ちゃんに渡したのは依央利なんですけど、その前、ふみやがなんか耳打ちしてたんですよね。
なので双眼鏡でガン見した(でもなんて言ってるかは当たり前にわからなかった)。
たぶん「慧が暴れたらその隙に逃げよう」とかだと思う。その命令を受けて猿ちゃんにバットを渡したんだな……になった。
ありがとう、陽春くんともっちー……。
ここに限らず、依央利は今回、何かをやる際に必ずふみやの顔を窺っています。主人の指示を待っている。忠犬……。
この辺り後述しますね!したいから!!!!!
家を出て森に逃げ込んだカリスマたちですが、ここ、ここもさあ。
ふみやと猿ちゃんだけ、ズンズン進んだり火おこししたり、サバイバルに前向きなんですよね。だってこの二人は、治安の悪い環境で育ってるから……(ふみやは未確定ですが)。
この回から、ふみやを双眼鏡ガン見しはじめたんですけど、もう目が離せなくなった。
陽春くんのふみやをずっと見てた。双眼鏡で。
║3回目║8/31ソワレ║
この回は夫と入りました!!!!!!!!!
夫、このために原作も履修してくれた。やさし〜!
5回目の公演で慣れや疲れが出てきたのか、トラブルとか、いつもと違うアドリブとかが多かったです。31日ソワレ。
冒頭、みんなでズッコケるシーンでは、今日はもっちー(依央利役)が勢いよすぎて椅子からずり落ちちゃってた。
それから逃亡中、ふみやがそのカリスマ性(善悪の基準が狂ってる)を発揮するシーンで、
本来はふみやがみんなに担がれるんですけど、
この回はなぜか天彦が逆立ちしてた。まじであれなんだったんだろう。テンションあがっちゃったのか?
それから、天彦ソロの時、ほかの6人は舞台端でおのおの盛り上がってるんですけど、
この回からふみやと猿ちゃんのダンスが変わってました。
それまでふみやは右半身だけ踊ってたけど、この回からは手をグーにして左右に揺れるダンスだった。
で、猿ちゃんに止められて右手→左手の順でやめる(また戻す)。
最終的には二人で踊ってた。同じ動きだった。
ちなみに、翌日9/1は理解も同じダンスしてました。かわい〜〜。
║4回目║9/1マチネ║
相変わらず、陽春くん(ふみや役)中心にみてた。
今拓哉さん、持田悠生くんの振り切った演技
私は前作や前々作を映像でしか観てないんですけど、今作、なんかキャストさんたちの演技自体がものすごく良かった気がする。
今回(と続く後編)は原作のセカンドシーズンに当たるのですが、短編連作ではなく、ひとつの大きなストーリーになっています。
そのため、役作りがしやすかったのかな?とも思いました。
║今拓哉さん║
「カリスマ」たちには未だ手が届かない‥
— 今拓哉 (@TakuyaKon1112) 2025年9月7日
残すところあと3回、お見逃しなく#カリdeステ #中神総右衛門#今拓哉#あと3回 pic.twitter.com/dtIEDHnWwG
一番大きな影響だったのは、でも、新キャストの今拓哉さんだったんじゃないかなーッ!??
メッッッッチャ良かった。今ちゃんの中神。助演男優賞(?)。
あまりにも良すぎたからか、公演の最初の方では、連日ブロマが売り切れてました。
ブロマはキャラの人気によって用意している枚数が異なるので、つまり、中神は運営の想定を超えた人気だったということです。
だってすげー良かったんだもん。今ちゃんの中神……。
演技がめちゃくちゃ振り切ってたんですよ。““狂気””の方に。
中神は原作でもセカンドシーズンから追加された新キャラなのですが、
メインであるカリスマたち7人に対してクソデカ執着を抱いて、彼らを追い回します。
このクソデカ執着がいわゆる「オタクのそれ」なので、そもそも我々カリスマのオタクたちが感情移入しやすいキャラクターなんですね。
その「親しみやすさ」をしっかりと表現しながら、しかし、“““狂ってる”””。まじで。狂っちゃってる。
カリスマを捕らえるためには非合法かつ非人道的な手段を厭わない。自身の研究のために平気でひとの尊厳を踏み躙る。“““狂気”””。
この「狂気」を、お茶目だったりオタク仕草だったりを交えながら表現してました。
というか、とんでもねー狂気を孕んでいるくせに、お茶目さで可愛く見えてくる、みたいな。
そういう演技でした。
このねー振り切り方がねーー。良かった。
依央利役のもっちーもそうだった。
今回すっっっっごい振り切れてた。プロ根性。
║持田悠生くん║
カリスマ千秋楽
— 持田 悠生 (@haruki_official) 2025年9月9日
ありがとうございました!!
無事最後まで駆け抜けることが出来ました!
毎日本当に楽しかった!
奴隷って最高!!
続編も発表されましたね!
また2月お会い出来ること楽しみにしてます!!
またね!#カリdeステ pic.twitter.com/hlKM3is8bE
持田悠生くんに対して、これまでは「アドリブ対応力」「瞬発力」みたいな印象を抱いていたんですけど(アクリ野球2025でくるむくんのピッチングのカバーいっぱい入ってくれてありがとう)、
今回、めちゃくちゃ“““プロ根性”””を感じました。
依央利の「狂気」が大大大大大好きだからメッチャうれしかった。ありがとうもっちー。
魔女みて〜に鍋かき混ぜたり、嫉妬してとき魔女みてえな顔して睨んだり……。
その合間に一瞬だけシュンって犬耳垂らすからほんとにほんとに可愛くてェ~……。
また、前述したとおり、今回の依央利は行動を起こす際に必ずふみやを窺っています。忠犬すぎる。
あの〜序盤のさ。
仲間を守るために大瀬が中神のとこに行っちゃってさ。みんなで居場所を突き止めたときの、あの〜……。
暴走した依央利を、ふみやが収めるシーンが、たしかに原作にもあるんですよ。あるけどさ。突き飛ばしただけなんですよね、原作では。
だけど今回、ステでは、依央利に対して「お座り」「お手」「レーダー」と指示していました。
は????????????なんこれ?
ちょっとまって意味わかんない……と思いながら、必死で依央利役のもっちーに双眼鏡を向けたんですけど、
もっちー、この後次のシーンまでず〜〜〜〜〜っと寄り目舌出し続けてた。命令通り犬になっちゃった。
なんそのプロ根性。なんか萌えとか喜びとかより、「その顔板の上で続けられるプロ根性えぐいな」と思ってしまった。
ほかにステでなぜか追加されたセリフがこちら。
「ふみやさん!僕という奴隷がいながら!」
「子分も奴隷もいくらいても良いだろ」
これさあ。原作では、ふみやが「お前子分になれ」って言ったあと、依央利は「ふみやさん!」って言うだけなんですよ。
でも上記セリフが追加されたことで、“シンプルに浮気”になっちゃってんじゃん。
なんとなく、脚本の段階ではなかったんじゃないかなと思っています。でも実際にもっちー(依央利役)と陽春くん(ふみや役)が掛け合いしてみて、やりとりの間を持たせるために増やしたセリフじゃないかな。わかんないけど。
もっちーの役作りに、たぶん「依央利の一番の主人はふみや」っていう解釈があると思うんですよ(依央利は大瀬以外の5人と奴隷契約を結んでるので、一応、5人全員が「ご主人様」ではある)。
そう、依央利って、自称「奴隷」なんですよ。
ハウスの家事を一手に引き受け、6人に「奉仕」することを至上の喜びとする。そういうキャラクターが「奴隷」という記号を与えられてるの、マジでやばくないですか??????
すっげーーーーー皮肉だなってずっと思ってる。
昭和くらいの「良妻賢母」像なんですよね。依央利って。
だから、すっごい嫉妬深い。“““情念”””の男。
今回この依央利の「嫉妬深さ」や「情念」の演技が、メッッッッチャ振り切ってた。もっちーのプロ根性。ありがとね。
作中、依央利がひっくり返って(嫉妬で)、手足バタバタさせるシーンがあって、ここもふみやに制されるんですけど、
なぜかスローモーションになります。まじでなんだったんだあのシーン。
カリスマに出てる俳優さんで、推し(岡宮来夢くん)と共演あって絡みあるのがもっちーと涼星くんなので、この二人に注目するんだろうなーと思ってた。最初は。
(とくにもっちーはアクリ野球でくるむくんのこといっぱいカバーしてくれて大好きになっちゃった直後だったし……)
(観劇後調べたら岩田くんもくるむくんと共演あった。5年ぶりにサナギ観た…懐かし…)
でも、今作は、もう、、
陽春くんしか見えてなかった………………。
京山陽春くんの演技が良すぎた
今作に当たる原作部分で、カリスマブレイク(*1)したのは、大瀬、猿ちゃん、天彦、そしてふみやの4人です。
舞台では、着替えの時間が取れなかったりあるいはコストの問題だったりで、ブレイクはありませんでした。悲しい。
なんだけど、その代わり、「心情吐露のソロ曲」がありました。大瀬も猿ちゃんも天彦も。
だけど、実は、ふみやだけはソロがないです。
つまり、歌による心情吐露が、ない。
また、ふみやが依央利に
「気が合う奴らと、なんでもない時間を過ごせているだけで十分なんだ」
と話す、87話「バスは来ない」は全カットされていました。
ふみやの本音が聴けるシーンは一切ないのです。
じゃあ、ふみやの意図や感情は一切わからないままなのか。
──結論から言うと、全然そんなことはなかったです。
陽春くんありがとう。ほんとにほんとにほんとに。まじで。ありがとう……。
陽春くんの演技のおかげで、その頬のゆるめ方や手指の動きで、ふみやの感情が伝わったょ………………………………。大感謝。
2回目の現場だった8/31昼から、陽春くんが演じてるふみやの表情を、双眼鏡で見てました。
なんとなく双眼鏡を向けたら、そっから目が離せなくなっちゃった。
ふみや、“““生きてる”””…って……なって…………。
生々しかった。ずっと。
今作では、中神から逃げて家にも帰れず…なので(だからサブタイが「帰ろう」)、
ふみやだけじゃなくてみんなフラストレーション溜まってるんですよ。
でも、ほかのみんなが素直に怒りや悲しみや悔しさを出すのに対して、ふみやはあんまり表出していない。
原作はボイスドラマなので声から判断するしかないのですが、声、あんまり感情が乗ってないんですね。いつものことなんだけど。
でもさ〜〜〜〜〜ステのふみやさ〜〜〜〜〜。
もう、なんか、メッッッッチャ“イライラしてる”。すげーイライラしてる。
双眼鏡でガン見してて、アッふみやイライラしてるじゃん……て感じたシーンが以下の三つです。
・猿ちゃんの「故郷」で罠に嵌められたとき
・セクビュが好き勝手に暴れてるとき
なんか、こう、、
ハァー…と溜め息を吐いて、目線はどっか別のとこ向いてて、ちょっと眉根が寄ってる顔。
怒ってるとは言い難いけど、あからさまに不機嫌な、そういう顔。そういう顔をしてました。
それから、今回のふみや、ど〜しようもなく““クソガキ””だった。かわいすぎる。ありがとう。
もともと、原作でも、セカンドシーズンではみんなに心を許して(何をやっても6人は受け入れてくれると信頼して)、けっこーーー幼児返りしてるんすよ。伊藤ふみや。
陽春くんも、ふみやの「クソガキっぷり」「幼児性」を大切に演じてくれてた……。ア〜〜。おかしなるでこんなん。
中盤、天彦の母親と話すシーンでみんな正座を擦るんですが、
陽春くん(ふみや役)、ずーーーーーっと足ムズムズさせてんですよ。
ぽりぽり足掻いたり、膝さすったり、腰浮かしたり。
あと、終盤の、中神の研究所に入り込んだシーン。みんなが拘束されて、その手錠の鍵を中神から奪うのですが、指に引っ掛けて振り回してんですよね。ねえ勘弁して。ありがとう。
研究所のシーンはずっと可愛かったな。陽春くんのふみや。
ず〜〜っと頬ゆるんでた。
最後、みんなが暴れてブレイクになるときとか、ポケットの中ごちゃごちゃいじって(たぶんレーダー確認してる)、最後ニヤッて笑ってて……うれしそ〜〜で…。ハァかわいい。
ふみや(を演じてる陽春くん)、みんながブレイク入るシーンでも片頬あげてニヤッてしてたんですよね………………。(*5)
ハァ………………。
今回、陽春くんが役作り迷ってただけあって(*4)、メッッッッチャ“クソガキ”感強くなってて、ほんとにほんとにほんとに可愛かった。ずっと。まじでありがとう。
私が脳内で勝手にイメージしてた伊藤ふみやが、そのまま生身の人間によってお出しされちゃったんですよね。最高。ありがとう。
「理想の伊藤ふみや」だった。
なんかこう、、私の解釈では、
ふみやってたぶんよくよく表情注視したら感情がわかりやすいタイプなんだろうな、って思っていて。
本人は「俺は嘘しか言わない」とかなんとか言うてはりますけど、
明確な「嘘」と、「口から出まかせ」や「適当言ってるやつ」、そして「本心」、この3つがハッキリ分かれてる。
あくまで私の解釈だし理想なんですけど。
……だったんだけど、それを今回、陽春くんが板の上で見せてくれたな…………って…思いました……。
もうほんとに、一度陽春くんを双眼鏡で見たら、もう陽春くんしか見れんくなった。
細かい所作がふみやすぎた。
やばい……生きてる………………。
ほんとにずっと“““これ”””すぎた。
2.5の好きなところ、「キャラクターが同じ次元に生きてる」とこだし、その錯覚を得たくて2.5の現場に通ってるから……!!!!!!
陽春くん、伊藤ふみやとして12日間生きてくれてありがと〜……。
不満だった点、今後の懸念点
すみませんでも全然不満はある!!!!!!!
やっぱ一番の不満は87話「バスは来ない」の全カットです。不満というかもう、メチャクチャメチャクチャ悲しい。
私あの話が一番好きだから!!!!!!!!ま〜じで悲しかった。
公演は2時間15分とアナウンスされていたものの、毎回(私が入ったのは4回)、数分ほど伸びていました。
なので、尺は本当にギリギリだったと思います。
終盤、カリスマたちが研究所に潜入する前に「ふみやは怪しい」という会話があるのですが、
原作ではふみやと依央利だけがいないです(奴隷グッズを貸したりなんだったりの準備だと思われる)。
ですが、ステでは依央利もみんなと一緒になって「ふみやは怪しい」と話しています。
これも尺の都合で削ったのだと思われます。
でもさーーーーーじゃあ、あの、天彦回の裸なって出てきたシーン、いらんくなかった???????あそこ削ったらバスできたんじゃない??????????
これ本当そろそろ運営側に届いてほしいんですけど、オタクは別に推しの裸なんか見たくないです。マナーとしての悲鳴なのであれは。
あと、ふみやだけソロ曲がないのも、やっぱ、うん。ね。作劇上の都合なのはわかるけどさ。
でも、(みんなの着替え時間確保のために)中神博士にもソロがあったんですよ。後編、その役割は、おそらく虎姫くんに与えられるわけじゃないですか。
ということは、ふみやだけが、ネームドキャラの中でソロがないということになる。なっちゃう。え〜〜。主人公なのに!???????
作劇上、前編で本音出さないことにしたなら、せめて後編ではソロもらえたら良いな……。ないか。ないかあー。そっか……。
でも総じて、ほんとに川尻さんがカリスマの演出でよかったなって思いました。
私はショー的なのよりもお芝居重視(歌もお芝居の一環)の演劇が好きなので。肌に合ってた。
初演のあれがメチャクチャメチャクチャ好きなんです、依央利がふみやに「一生の奴隷契約」を提案したシーン。
あれが描かれたのは2023年のことなので、おそらく104話が“ああ”だなんて、予想してなかったと思うんですよ。ステ制作陣。
でも、原作104話、ふみやが言っちゃってるじゃん依央利に。「ずっと一緒でもいいだろ」って。
……なんか、伏線回収みたいじゃないですか????????????
▼みんな、超人的シェアハウスストーリー『カリスマ』の104話を観てくれよな!
87話も載せちゃお🎶🎶一番好きな回だから🎶
終わり!!!!!!!!!!
後編楽しみだね🎶🎶
*1
そもそも、カリスマとは?ということを、
まだカリスマを“知”らない人のために、ご説明いたします。したいから。オタクはいつだって好きなものについて語りたい。
カリスマは、一言で言うと、「シェアハウス設定のコント」です。
おそ松さんを観たことがあるなら、たぶん、「アレが六つ子じゃなくてイケメン設定になったやつ」でイメージするとわかりやすいと思います。要は、なんでもあり。
ただし、おそ松さんとの違いはそれだけではありません。
カリスマは、変身します。
もう一度言いますね。
カリスマは、変身します。
変身シーン、もとい、カリスマブレイク。
よくわかんね〜けど、なんかキャラが“らしい”ことをするとカリスマチャージというやつが貯まって(?)、で、カリスマブレイクで変身します(?????)。悪夢?
カリスマブレイクを初めて観たときは、ホビアニ育ちゆえに「デジモンの“進化”じゃん」「アグモン、進化〜ッ!じゃん」と思ったのですが、
YouTubeのコメ欄では「セーラームーン」と言われてた。アッそっちなんだ。少女漫画に疎くてごめん。
(調べたら、デジモンもセーラームーンも(あとおジャ魔女もプリキュアも)東映制作でした。カリスマがアニメ化されたとして、制作会社が東映アニメーションだったらウケますね。)
では、肝心の「カリスマ」とはいったい何なのか。
私はヒプマイのオタクだったので、こう表現したい。
「カリスマ」は、ヒプノシスマイクでいうところの「アビリティ」である、と。
ヒプノシスマイクにおける「アビリティ」は、言葉の通り、「能力」としてラップバトルにて効果を発揮します。キャラクターそれぞれの持つ固有の「能力」が、バトル中に出るわけです。その詳細は作中で一切描写されないんすけど。ウケる。
対して、カリスマにおける「カリスマ」は、「欠陥」として描かれます。キャラクターがそれぞれ持っている「欠陥」が、なんかよくわかんないけど彼らをブレイク(変身)させます。なんかよくわかんないけど。
まあ、欠陥と能力って表裏一体だもんね。
なのでもう本当にそのまんま、カリスマは、「おそ松さんにヒプノシスマイクを足して2で割ったやつ」です。
ちなみに、ヒプマイのスタッフ(EVIL LINE RECORDS)がおそ松さんの脚本家(松原秀さん)を起用して出来上がったのがカリスマです。
*2
これは原作の脚本を書かれた松原秀さんが下記で仰ってたやつです。
▼ラジオの重要回は下記にまとめています
*3
井手コウジさん詞曲とかでは全然なかった。
でも、オマージュ元であるヒプノシスマイク(の舞台版)へのリスペクトを感じる曲でした!!!!!!!!!
*4
下記インタビューより。
(以下引用)
*5
陽春くんが大楽後の生配信で仰ってたんですが、アレは「みんなの気持ちが知れてうれしい」の笑みだそうです。
[1789感想]レミゼを期待して観に行ったらベルばらだった話
遅くなりましたが(だいぶ)、4/15に観てきたので感想のこしときます!!!!!
日本版1789、一言で言うと、「ほぼベルサイユのばら」でした。オスカルとアンドレの役割がロナンとオランプに置き換わっただけ。
レミゼみたいな作品を観に行ったつもりだったのに、ベルばらが出てきちゃったよ。
いや俺が悪い!!!!!!
調べて行かなかった俺が悪い。これは。
そうか〜…日本版の1789って、ベルばらなんだ〜〜…。
断っておきますが、私は(私も)「ベルサイユのばら」が大好きです。観劇後懐かしくなって読み返したくらい好き。
ただし、オスカルにもマリーアントワネットにも萌えてはおらず、それぞれの恋の行方に一切興味がない読者です。
じゃあ何が好きなのかというと、「フランス革命前夜を漫画で描いたところ」。
つまり、私が好きなのは、フランス革命なのです。(*1)
それでは、以下、感想です。
※フランス革命に対してクソデカ感情を有しているため、フランス革命について語り出す部分が多々あります。ご了承ください。
はじめての「人生」
私が観劇した回は4/15マチネです。

つまり、観劇当時、くるむくんの喉が不調であるなんて夢にも思ってません。(*2)
なのですが、「今回くるむくんキツそうだな」って思いながら観てました。後方保護者ヅラしてごめん。
でも、1789、くるむくん終始キツそうじゃなかったですか!?どうですか同担!?キーの問題だったのかな。
最初に披露された「肌に刻み込まれたもの」ですが、すげー貫禄があった。ありすぎ。(*3)
でもこれは、くるむくんも意図してやったことなんじゃないかな、とも思っています。
くるロナンの歌声は、その後、友を得て職を得て、若々しいものに変化していきます。
これがうまく機能してたのが、パレロワイヤルのシーン。ロナンたちが青春を歌った後に聴く、妹ソレーヌのソロはしんどくてしんどくてたまんない気持ちになりました。
まさしく「青春を取り戻した兄」と「身を売るしかなかった妹」の対比といった感じ。
正直、最序盤では妹の方が貫禄あってちょっと違和感だったんですけど、ほんとに、このシーンがめちゃくちゃ良かったです。
ソレーヌは孤独の中自分で自分を奮い立たせるしかなかった。
だけど、ロナンは、生まれて初めて友を得ました。
この、、友情を歌うシーンがさ、、すごい泣いちゃった。
わかる〜わかるよ!私も貧困世帯で進学校行ったから友達にそう思ってたしなんなら今も沖縄から舞台通ってるから!!!!!!環境に恵まれてる人への嫉妬羨望憧憬、常にある!!!!!!!!!
そう、くるロナンには、「革命の意志」を感じないんですよ。
たぶん、「友達と語り合う」ことが彼は何よりも楽しかったんじゃないかな、って。
くるむくんがロミオを演じていた当時、「平和と友情」をテーマに掲げていましたが、今作においてはそれがそっくりそのまま機能していたように思います。
物語の結末、ロナンはバスティーユ監獄の襲撃を成功させますが、そこで死に至ります。
私はこの結末が納得いかない…というか、ロナンがバスティーユに行った理由が「オランプの父を助けるため」なのが、ちょっとノイズだなって思いました。
ロナンというキャラクターが、あまりにも「普通の人」すぎる。少なくとも、主人公ではない。
だって、友達ができて職を手にして恋をして、友達や恋人にいいとこ見せたくて…って、「普通」じゃん。みんなそうだよ。友達や恋人や家族に良いとこ見せたくてがんばってんだよみんな。
1789の公演プログラムの対談で、Wキャストのくるむくんと手島章斗くんは、ロナンのことを「普通」と称していました。
だから、それがロナンなのでしょう。
演者側も、ロナンを特別な存在だとは思っていない。普通の人。
しかし、普通すぎるがゆえに、ロナンは終始、マリーアントワネットという強大なキャラクターに「食われている」。
日本版1789は「バスティーユを襲撃した」ロナンの物語ではないです。マリーアントワネットの物語。
もっというと、「『ベルサイユのばら』のマリーアントワネット」の物語です。
フランス革命という器の大きさ
めちゃくちゃびっくりしたんですが、このマリーアントワネット、亡命しないです。おそらく尺の都合。
史実では、ルイ16世やマリーアントワネットは亡命を選択しますが、失敗するんですよ。いわゆるヴァレンヌ事件です。
亡命に際して、フェルセン伯爵が助力したことになっています。そんな文献はのこっないので証明できないんですけど。とりあえず、日本ではそういうことになっています(ベルばら人気)。
ところで、夫妻が亡命をこころみたのは、1791年です。1789年ではない。
では、1789年に何が起こったのか?
その前に、フランス革命について、経緯と持論を述べさせてください!フランス革命のことを愛してるんだ俺は!!!!!!!!
まず、史実のフランス革命の方(資料がちゃんと残ってる出来事)。

文字で書こうと思ったら、私がフランス革命に対してクソデカ感情を抱いているがゆえに冗長になったので、別記事にしました。
上記記事にも書いてあるのですが、【1789年】に起こったのは、たったこれだけです。
1789年5月 財政悪化のため、三部会召集
→投票のレギュレーションで対立
6月20日 市民は三部会を拒否し「国民議会」を結成
7月11日 財務担当のネッケルが罷免
→3日後、弾薬庫を求めた市民がバスティーユ監獄を訪れ戦闘が開始
→フランス革命の狼煙となる
1789年に何が起こったのか。
その回答は、「三部会の召集」「国民議会の結成」そして「バスティーユの襲撃」なのです。
マリーアントワネットはこの年に亡命失敗したわけでもなく、処刑されたわけでもありません。
ちなみに、レ・ミゼラブルは、フランス革命の後の、1830年代を舞台としています。スタンダールの「赤と黒」と同じ時代ですね。


レミゼがフランス革命の後に起きた物語であるのに対し、1789は「革命前夜」の物語です。
そう、私は、レミゼっぽいものを期待して観に行ったんですよね〜…。
観劇後、原作(フランス版)について調べてみたら、マリーアントワネットの扱いがだいぶ違うみたいです。
日本版をまず宝塚が上演することになり、それをそのまま東宝でもやっているため、
受け入れてもらうために、宝塚で人気の「マリーアントワネット(=ベルサイユのばら)」を目立たせることにしたのだと思います。
すみません、ここから辛口です。
その強大なマリーアントワネットと、ロナン、まったく関わりがないんですよね。
絡みがないのはもちろん、お互いの人生もまっっっったく交わらない。
ロナンが憎んでいるのは徹頭徹尾「父親を殺した仇」であって、王政ではないんですよ。
だから、ふたりとも、まったく関係ないところで死ぬ。
そういえば副題「バスティーユの恋人たち」だったな〜と思って観てたら、終盤、とってつけたようにロナンがバスティーユに向かうことになり、ああ…と察しました。
どうやってバスティーユ襲撃に至るんだ?と思ったら、恋人の父親を助けるために向かって、あっけなく死ぬ。
ちなみに、亡命をしない選択をしたマリーアントワネットですが、歌っている最中に背後でギロチンが落ち、こっちもあっけなく死にます。
ずっとなんだったの?これ…。
先述したとおり、マリーアントワネットをはじめとするブルボン王朝は、フランス革命において大きな存在感を放っています。
だって王政打破が主題なんだもんフランス革命。それはそう。
で、ただでさえ大きなその存在感を、マリーアントワネットを主役としないのであれば、薄める必要があるわけです。
薄められてないんだな。この物語…。なんなら濃くされてる………………。(*4)
そのせいで「ほぼベルサイユのばら」になっちゃってるんだと思います。
そもそも「フレンチミュージカル」自体が曲先行のため、物語性とか登場人物の言動の整合性とかよりも、曲の“良さ”特化なんだと思います。
そこで小池さんが潤色をしたらしいが、うーーーーーんノットフォーミーっすね!!!!!!!!!!!!!
物語性を求めたのが間違いだったんでしょうね。ごめん辛辣で………………。
ロマンス要素がノイズすぎる
ロマンス要素、要る????????
いや、わかる、わかるよ、はじめて「自分の人生」を生きられたんだからそりゃ恋もするよ。
でもさあ、なんていうか、説得力が全然なくて、ノイズとしか思えなかった。
私が理解できなかったのは以下2点です。
・なぜロナンはオランプへの恋心を貫けたのか?
・オランプは、ロナンに惹かれながらも、なぜ一度はマリーアントワネットを選んだのか?
ひとつずつ述べます。
なぜロナンはオランプへの恋心を貫けたのか?
これほんと理解できなかった。
ロナンにとって、仲間(兄弟)が示してくれた哲学=平等権は、いわば生きるしるべです。しかし、王権神授説はそれを真っ向から否定する。
平等権を信じているロナンにとって、オランプが王朝への信仰心を優先させたことは、受け入れ難いものではないのか?
私だったら「とうてい理解し得ない相手」って思っちゃうけどな。
続いて、こちら。
オランプは、ロナンに惹かれながらも、なぜ一度はマリーアントワネットを選んだのか?
しかも結局マリーアントワネットが諭したらあっさりお暇をいただいているし…?????
ただし、これに関しては、フランスの宗教観を鑑みると理解できました。
要は、オランプにとって、マリーアントワネット(ブルボン王朝)=「王権神授説(神託を受けた者)」=キリスト的存在、だったんですね。
私には信仰する宗教がないので全然共感できないのですが、それぞれの信仰対象が「ロナンは哲学(=平等権)」で「オランプは神(=王権神授説)」だった、と考えると、
彼らが相反するものを信条としながらも惹かれ合い受け入れあったのは、まあ、理解はできる。
でもその〜…すみません!日本版1789の描写はどうしても、「そこまで考えてない」に尽きる気がします……。
恋心に陶酔しながらも、(酔っているだけなので)それを貫き通す覚悟もなく、やるべきことも定められず、フラフラしてるだけにしか見えない…。ごめん〜〜…。
宝塚が制作しているので、ロマンス要素にウエイト割かないといけなかったんだろうな〜と思っちゃうんですよね。
ちなみに、フランス版はこんなにキスしてないらしいです。
初めてだよ。推しの歌聴いて感情動かなかったの。
これでも4年以上現場入ってるんだが、、と思いながら困惑しました。
「ロナンとオランプが相反する信仰を持ちながら惹かれ合った物語」として描くならば、マリーアントワネットは(フランス版のように)脇役として描かれるべきだった。
そう思います。
結局のところ、宝塚制作の1789、というのが、徹頭徹尾私に取って「合わない」だったんだろうな。ノットフォーミー。
おしまい!
*1
▼フランス革命について調べたことまとめ
観劇して良かったこと、これだけかも。
大大大大大好きなフランス革命について再勉強して、自分の言葉で語れるようになれて良かったです🎶強引ポジティブ🎶🎶
*2
岡宮来夢くんは4/28に喉の不調と発熱をうったえ、その後10日ほど休養されました。
アーーーーー元気になってよかったねーーーーーーーーー(ㅠ-ㅠ)(ㅠ-ㅠ)(ㅠ-ㅠ)
この間ほんとにしんどくて(心配しすぎて)、
でもくるむくんなら症状が最悪の状態ならむしろポストしてくれるはずだから、音沙汰ないってことは「ギリギリ間に合う」程度なのかなって、オタク、信じてた………………。
快調してよかったです。大好きだよー。
*3
3年前、くるむくんは刀ミュの双騎の直後にファンタスティックスに出演しましたが、鶴丸から青年マットの歌い方の切り替えに苦心したそうです。
その際、演出家さんから「貫禄ありすぎ」と言われたと当時のくるむるーむで言ってました。
*4
え?これ何…原作からしてこうなの?て観劇後に初めてウィキみたら、「オリジナルと違いマリーアントワネットが準主役」って書いてあって、オイオイオイオイ…となりました。だからかい。
フランス版と宝塚版の両方を観劇された方の感想がめちゃくちゃわかりやすかったです。
cestlaviecestmaviee.blogspot.com
1789観劇したけど納得いかないからフランス革命について勉強しなおした
先日、我が推し・岡宮来夢くん主演のミュージカル「1789-バスティーユの恋人たち-」を観劇しました。
(感想はこちら)
が、全然納得いかなかった。ベルばらすぎて。
エッちょっと待って✋史実って“こう”だっけ!?てところが多々あったので、
観劇後、史実をまとめておくか…と思った次第であります。
1789、革命前夜
(以降1614〜1789までは開催されず)
そして、1789年。
1789年5月 財政悪化のため、三部会召集
→投票のレギュレーションで対立
6月20日 市民は三部会を拒否し国民議会へ
→憲法制定を目指すと宣言
=球戯場(テニスコート)の誓い
7月11日 財務担当のネッケルが罷免
→バスティーユにて戦闘が開始
→フランス革命の狼煙となる

(図にするとこう)
1789年に起きたのは上記の出来事のみです。
口火を切ったのは、エマニュエル・ジョゼフ・シェイエスという人物だとされています。
彼は第三身分の出身ながら聖職者になり、特権階級でありながら、フランスの身分制度(=アンシャン・レジーム)を批判しました。それが、「第三身分とは何か」というパンフレットです。
大量に刷られ、市民たちの革命への意欲を高めることに貢献しました。
シェイエス、後半また出てくるので、覚えていてください。めっちゃ重要人物。
さて、革命が勃発し、フランスは、段階を経て「民主政治」を手に入れます。
王政廃止から戦争へ
ヴァレンヌ事件を皮切りに、【議会】【他国との戦争】という二つの潮流によって、フランスは変化していきます。

1791年7月 「ジャコバン・クラブ」が分裂
脱退し、王党派と一部合意
同年7月17日 シャン・ド・マルスの虐殺
→シャン・ド・マルスで署名活動
→王党派による攻撃、大勢の死者を出す
同年9月3日 フランス初の憲法制定
→国民議会から立法議会へ
→立憲王政の成立
→しかしルイ16世は拒否権を濫発
1792年6月20日 市民がテュイルリー宮殿に侵入
同年7月10日 フイヤン派の総辞職
8月10日 市民が武器を取り宮殿を襲撃
→王権停止=8月10日事件
(2)他国との戦争
1791年8月27日 ピルニッツ宣言
オーストリア皇帝(マリーアントワネットの兄)が、プロイセン国王ととともに外交的な圧力をかけたもの。市民だけでなく反革命側も、これを「軍事介入」だと解釈していた。
1972年4月20日 ジロンド派内閣がオーストリアに宣戦布告
同年7月 オーストリア軍がフランスに侵攻
同年7月11日 立法議会は「祖国は危機にあり」と宣言
→フランス各地から義勇兵がパリに集結
1793年1月21日 ルイ16世処刑
10月16日 マリーアントワネット処刑
“英雄”ナポレオン
まず、前夜として、ナポレオンが台頭するまでの経緯がこちら。



王政廃止を成功させた市民はしかし、その後、ロベスピエールによる独裁と彼の失脚を経て、政治混乱を招きます。
対仏大同盟との戦争も、疲弊の原因の一つでした。
敵対するオランダに勝利すると、スペインやプロイセンはフランスとの講和を決定。
残すはオーストリアとイギリスです。
そこで活躍したのが、軍人ナポレオンでした。
このころ、
✔︎フランスはエジプト確保に失敗
✔︎総裁政府が弱体化
その機に乗じるように、1799年、ナポレオンは政府に無断でパリに帰還。
当時の総裁の一人であったシェイエスとクーデターを企てます。

シェイエス、みんな覚えてる??????
「第三身分とは何か」を著し、フランス革命へ進行させた立役者です!!!!!!!!!
市民革命を成功させたフランスですが、次第に民意が先鋭化。
指導者が独裁に走ったり、ゆえに権力を分散させたら政治力が弱まったりで、長く混乱が続いていました。
シェイエスは、安定のため、「革命の終焉」を目指していたのです。
果たして、彼の目論見は、ナポレオンと手を組むことで成功しました。
1799年11月、ナポレオンによる軍事クーデター「ブリュメール18日のクーデター」が勃発。
これにより、フランス革命は終焉。
つまり、シェイエスは、革命を開始し終焉させた人物となったわけです。
フランス革命のその後─対仏大同盟─
ナポレオンが政権を握ると、憲法にて平等権や自由権を定め、さらに教育機関の整備を行います。
一方、ヨーロッパ諸国は、ナポレオン政権を常に警戒していました。
まず、第二次対仏大同盟。
→フェルセン伯爵が調停として派遣される
→会議は失敗に終わる
1799年3月 フランスがオーストリアに宣戦布告
→第二次対仏大同盟
(イギリスとオーストリア、ロシア)
イギリスでは、当時の首相ピットが対立派でした。
ピットの退任により一旦は講和しますが、再任により和約は破棄。
第三次対仏大同盟が成立します。
同年、フランスはイギリスと「トラファルガーの海戦」をして大敗。
しかし、2ヶ月後、オーストリア・ロシアとの「アウステルリッツの三帝会戦」では大勝しました。この戦いはプレスブルク条約により講和します。
さらに領土拡大を目指すナポレオンでしたが、1813年、ロシア遠征で大敗北。
同盟側の勝利となり、敗北したナポレオンは、1814年4月11日に退任。エルバ島でイギリスの監視下に置かれます。
しかし、島を脱出しパリへ帰還すると、ナポレオンは再び皇帝の座に就きました。
これにより、1815年、ワーテルローの戦いが勃発。
ナポレオンは敗北し、流されたセントヘレナ島にてその生涯を終えます。

………………が。
ナポレオンの退任後、フランスは王政復古してしまいます。即位したのがルイ18世。ルイ16世の弟でした。
彼の死後、弟のシャルル10世が後を継ぎます(1789で高橋健介が演じていたあの最高のキャラです)。
シャルル10世の政治は、市民革命への意欲を再燃させるものでした。
フランス革命のその後─市民革命の再燃─
ルイ18世もシャルル10世も、国家の繁栄ではなく、「ブルボン王朝の再興」が目的でした。
1824年に王となったシャルル10世は、王権神授説に基づいた政治を敢行。
1830年、シャルル10世が任命したポリニャック内閣は議会と対立し、3月に停会・5月に解散。続く選挙でも大敗します。
そして、7月革命が勃発しました。

1.出版の自由の停止
2.未招集議会の解散
3.選挙法改正
4.9月選挙
これにはまず、新聞社が反発。新聞の発行を継続する声明文を出します。
印刷工をはじめ、職を失った者たちがパリ市街で暴動を起こしました。
7月27日、彼らはバリケードを築き、軍の侵入を阻みます。
そして7月28日には市街戦が開始。
勅令の撤回と内閣交代を求めますが、王政側は応じません。
翌日29日午後、軍隊が退けられると、シャルル10世はようやく勅令を撤回し、ポリニャックを罷免しました。
これが7月革命です。
27日から29日までの「栄光の三日間」を経て、ルイ・フィリップ1世が即位。
1月王政が開始されます。
………………………が。
これもまた、2月革命を引き起こすこととなりました。
2月革命に入る前に、6月暴動の話からしますね。したいから。6月暴動といえばレミゼです。
ちなみに、スタンダールの「赤と黒」はこの7月革命の時期に描かれ、「レ・ミゼラブル」はナポレオン敗退から6月暴動までの時期の物語となっています。(*2)
6月5日、ラマルク将軍の民衆葬に際し、群衆は市庁を目指します。大勢の犠牲者を出しながら、翌日には鎮圧。
暴動の鎮圧に成功したルイ・フィリップ1世ですが、1835年、彼もまた、出版の自由を著しく制限します。
さらに、参政権は富裕層のみに与えられるものでした。納税額によって制限されていたのです。
産業革命の進行により経済力を高めた労働者階級が、普通選挙を求めて「選挙法改正運動」を始めます。
すると、今度は集会が禁止されました。市民は宴会で改革を進めることに。

23日、ルイ・フィリップは内閣を罷免しますが、次に擁立したのもまた保守派の者。
24日、民衆は武器を手に取ります。
やがてルイ・フィリップ1世は退任を決意。
フランスは共和制を手にしました。

𓊆 おわりに 𓊇
フランス革命、好きだ〜〜〜。
ベルサイユのばらを小学生の時に読んでから20年以上ずっと好きなのですが、単に「好き」だけじゃなくて、今は「学び多すぎ」になっています。
だって、似てない?今の日本と……。
革命前夜の、「政権側が特権階級を厚遇し民衆から搾り取った」あたり。
自民党政権の話してる………………?????ってくらい似ている。
フランスでは革命の後、民衆の手に政権が渡ったため、長期的にみればもちろん「成功」なのですが、その間の混乱を鑑みると…ねえ。もっとうまくやれんかったかね。
やだねえ〜。もし革命(仮)が成功して、司法と立法が正常に機能して(日本は実は三権が分立してない)、裏金議員たちに適切な刑罰と返還命令が下されたとしても、それはメッチャ良いけど、でもそれで他国と戦争になったらさ〜〜。やだ。
なるかな?どうだろ。でも今のままの方がなりそうっすけどね……。集団的自衛権が行使されちゃう前にいっそ経済崩壊した方が良いけどそしたら今度は他国の介入を避けられないっていう。どうする??????
てか処刑(死刑制度)がよくないと思う私は。命を奪うのはだめだよ。
話が変わるし長くなるのでこの辺で終わります!ばいばい!!!!!!!!!
*1
当時プロイセン軍にいた詩人ゲーテが、「この日ここから、世界史の新しい時代が始まる」と記したとも言われていますが、真偽は不明です。
*2
1830年に「赤と黒」、さらに47年後にエミール・ゾラが書いた「居酒屋(ルーゴン・マッカール叢書の第7巻)」が売れたことで、「自然主義文学」の潮流が生まれます。
日本では田山花袋や永井荷風らによって広まったがために、自然主義文学イコール私小説であるかのように論じられますが、本来、自然主義文学はジャーナリズムと密接に絡むものなのです。
ごめんねこの話も長くなるからやめとくね!!!!!!!!!!
鶴丸国永は「怒り」続けるしかなく、ゆえに立ち止まれない[刀ミュ感想]
今頃!?という感じなのですが、今年入れた現場がこれだけなので感想あげときます!!(ロミジュリも写真集イベも取ってたけど行けなかった〜…)
観たよ〜〜陸奥一蓮!!!

鶴丸国永を演じている岡宮来夢くん推しなので、鶴丸定点で観劇し、彼を中心に物語を解釈しています!注釈!
はじめに(総論)
話はまっったく進んでないです!!!!!
刀ミュ三大伏線といえば、「三日月宗近という機能」「政府が間違ってるかもしれない」、そして「初期刀は誰?」です(個人の意見です)。
もう本当にびっくりしたんですけど、最初のふたつには、一切、応えてません。三日月出しといて、山姥切出しといて、でも、一切応えません。
ただし、残り一つ、「初期刀は誰?」だけは、ほんのり匂わせてくれます。とはいえ、『江水散花雪』での匂わせが「オタクのこじつけ」だとしたら、『陸奥一蓮』のそれは「伏線」と言える感じ。
話が進んでないのはさておき、めちゃくちゃ重要なことが明らかになったなーとは思いました。
初期刀・歌仙(仮)が折れた(仮)ときの出陣、6振りだったんか〜…。
いやゲームの設定上そうなんだろうけど、でも、そっか…。
初期刀が折れた当時、山姥切が隊長だったと江水で明言されてましたが、その部隊には三日月と鶴丸がいて、そして、あと2振りいた…あと2振りいたんかい…。いるんかい。仲間が折れて(仮)狂っちまった刀が、あと2振りもよお……。
歌仙とともにあと2振りも折れたって可能性もあるけど、それにしては歌仙だけ惜しまれてるので、たぶんあと2振りは本丸にいる感じだろうな。ちゃんと。でもどのキャラにするかが未定ないんだろうな…(刀ミュくんそういうとこある)
作中語られたところによれば、こうでしたね。
この「──」部分、すでに出陣済みの男士だと、陸奥守や石切丸も古参の可能性がまだあるな〜とは思いました(言及はなかったけどいくらでも設定生やせそうという意味で)。
まあでもふつーにあと2振り新しく男士が加わる予定(古参設定で)だと思います。刀ミュくんそういうとこある…。
✔︎最初に覚えることが歌を詠むこと
✔︎「詠まずにはいられない」という発言
などから、初期刀=歌仙はほぼ確!なのですが、
……………なんで明言しないんだろう。
今回のハイライトは「華のうてな」を歌う鶴丸ですね。
『陸奥一蓮』を一言で言うと、「“半座を分かつ”ことを望む鶴丸と、そのつもりはない三日月」なのかな、と思います。
でもま〜〜あの2振りにこんだけおいしいとこ描いたんだから、最終的にはそうなるんだろ!!!!!!具体的には三日月のめちゃくちゃピンチに鶴丸が駆けつけるとかさあ!!!!!頼む!!!!!!!!
半座、分かち合っとっけって………………!(?)
(過去に「半座分かつ」について考察したやつはこれです)
感想という名のオタクの叫び
さて、私は岡宮来夢くんのファンなので、くるむ鶴丸の話からしていきます!
くるむ鶴丸恒例の「冒頭の舞」、今回は花鳥風月じゃなかったね。(*2)
「真白な鳥」「無常の風」ときたから、今回は「月」か「花」かなあと思ってたんだけどな。「分たれた袂」でしたね、タイトル(公式サイトより)。
鶴丸国永は『葵咲本紀』で「真白な鳥」を、『静かの海のパライソ』で「無常の風」を歌っています。
『歌合』を観てからずーっと、花鳥風月だ〜!と思っていました。
鳥の囀りに耳を澄まし
風に散る草葉の露に袂を濡らし
月傾く雪の朝に春を想う
今回の中盤、まったく同じ文言を、顕現したての三日月と2振りで読んでいましたね。おそらく、かつては歌仙が詠んだものなのでしょう。
歌仙の育成方針だったのかな。これを覚える…というか、歌合の判者ができるようになること……。
このシーンを観ながら、歌合の判者はもともと歌仙がしてたんだろうな、と思いました。
そしてその歌を三日月が鶴丸に教えて、歌仙亡き今(三日月が失踪した今)、判者は鶴丸がしている……。
たぶん、山姥切もできるんじゃないかな。嫌がってるんだろうな〜〜(罪悪感で…)。
(だから2019年の歌合では鶴丸国永が判者を務めた…みたいな設定を盛ってください。お願いします)
山姥切は、当時の隊長なのもあってか、歌仙の死をめちゃくちゃ引きずっています。その印象は江水から変わりません。
しかし、三日月は本当にそれが原因か?とちょっと思いました。なんか、歌仙に対してクソデカ感情があるようには思えないんですよね。この辺は脚本のアレのせいもあるかもしれない。
先述の花鳥風月を詠んだり、歌仙(仮)が折れた編成だったりの回想シーンで、謎のノイズが入ってるんですが、あれ、なんだったの?
あのノイズに意味があった、と仮定するなら、三日月って、もしかして、自分の記憶を封印している……?なんかこう…あったじゃないすか。あの〜…なんだっけ、『つはもの』や『東京心覚』でさ…三日月が精神に介入するシーン…。
そういう感じで、「自分自身の精神に介入して、耐え難く辛い過去を封印している」…、そういうノイズに見えました。
歌仙であると明言せず、回想シーンで扱えない都合上、山姥切にせよ三日月にせよ、「惜しんでいるのは、笑い合えていたあの日々」という印象です。
ただし、鶴丸国永。
彼だけは、まったく別の観点から、「初期刀を失った事実」「三日月の失踪」を見ている。
私の目にはそう見えました。
鶴丸が抱く悲嘆は、単に「三日月の失踪を主が寂しがっていること」だけのように思えたのです。
最後、桜の木の下で三日月と飲めると嬉々として話しかけたら置いてかれたシーン。
あれは、紛れもなく、観客に「切ない」と思わせる意図を持って描かれています。
あれを「切ないシーン」として描き、鶴丸が寂しそうにしていたことから、(審神者だけじゃなくて鶴丸自身も)「三日月の失踪が寂しい」んだと思いました。
そう、鶴丸も、「寂しい」。「寂しいとは感じている」。ただし、「寂しさを悲しがってはいない」。
──鶴丸は、悲嘆にくれていない。
どうしても、私の目には、そう写るのです。
辛口感想からのオタクの叫び
で、こっからは褒めてない箇所もある感想です。辛口なやつ。
私はもともと、御笠ノさんの脚本も当たり外れ大きいよなと思っていたので、降板時もそんなに落胆はなかったんですけど、花影が…ねえ。
前作「花影ゆれる砥水」、まあ〜あの…ねえ……(観たけど感想書けなかった)。
ただ、脚本だけのせいでもないよなとも思っていて。運営的にもそこは反省点だったのか、生かすかのようにキャスティングしてましたね。やりすぎ。やりすぎキャスティング。(*3)
巧みな役者を揃えたおかげで、脚本の(物語に起伏がないという)問題点はだいぶ改善されてたなーって思いました。
やりたいことはわかるというか。
演出の茅野さんが囲み取材で仰ってたように、今回のみちのくは「刀ミュの王道中の王道」なんですよね。
刀ミュは「戦をなくしたいという想い」「歴史に名が残らなかった者の人生」を、初期からずーっと描いているので。
ただ、『三百年』然り『むすはじ』然り『パライソ』然り『江水』然り、
「歴史に名が残らなかった者の人生」が美しく儚く、そして涙を誘うのは、刀剣男士が彼らと心を通わせるシーンがあったからなんですよ。
刀ミュでは基本的に、彼らの日常に入り込んで任務を遂行します。
人生とはすなわち日常を積み重ねることなので、
日常に入り込めば入り込むほど、彼らの人生が、刀剣男士を通して我々観客に響きます。
でも、前作の花影もそうなんだけど、今回のみちのくも、ないんだよな。それが。
弥彦やアテルイや坂上田村麿の日常に刀剣男士が一切入り込んでないから、ガワだけパライソみたいなことをされても…弥彦が死んじゃってもこう…アーここたぶん泣かせたいんだなって興醒め…みたいな……。(*4)
鶴丸を突き動かす「怒り」
あとほんと…ここほんとに許せないんですけど……、、なんで鶴丸がこんな役回りなんですか????????????
鶴丸、わざと「言われてる人数分しっかり死んでもらおうかね」って言ってみたり、なぜか水心子をボコって三日月を呼び出したり、そんな…そんな役だっけ本来?????
パライソでの悪役ムーブを運営の誰かが気に入ってるのかな?としか思えないくらい不必要な部分だった。
ただ、くるむくんが鶴丸として悪役ムーブをきちんと演っていたので(えらすぎ)、なんらかの意味はあるんでしょうね。
今のところ観客を不快にさせる機能以外果たしてないけど。
で、この演出になんの意味があるのか、めちゃくちゃ一生懸命考えてみました。
わざわざ嫌味言ったり仲間を囮にボコったり、その時のくるむ鶴丸の演技の振り切り方を鑑みると、演出でも指示があったはず。
ということは、鶴丸を突き動かすのが「怒り」なのかな、って。
先ほど、私はこう書きました。
鶴丸が抱く悲嘆は、単に「三日月の失踪を主が寂しがっていること」だけのように思えたのです。
(中略)
鶴丸も、「寂しい」。「寂しいとは感じている」。ただし、「寂しさを悲しがってはいない」。
──鶴丸は、悲嘆にくれていない。
歌仙(仮)を失い、三日月は失踪し、山姥切は希死念慮を強めていました。2振りを動かしているのは「悲しみ」であるといえます。
悲嘆にくれることを己に許さなかったのが鶴丸だったんでしょうね。
怒りは二次感情なので、鶴丸は悲嘆を麻痺させ(痛みは鈍感になるって言ってたね)(おまいう)、
その代わりに「怒り」を燃料にして戦いを続けている。
立ち止まらないために、怒り続けている。
だから、怒り続けるしかない。
争いを続ける人間たちにも、勝手な行動を取る三日月にも。
ア゛………………。
ただ、岡宮来夢くんが、みちのく後のニコ生で、こう言っていました。
「(親しい人の死という)通過儀礼を、まだ幼い時に経験してしまったら、人格形成にどう影響するんだろう」。
観劇した直後は、
「ミュの鶴丸は、悲しみにくれることを己に許さず、立ち止まらないために怒り続けている」
だと解釈していたのですが、
くるむくんのニコ生発言を受けて、
「ミュの鶴丸は、悲しみ方がわからないから怒り続け、それゆえに立ち止まることができない」
なのかも、と思いました。因果が逆。
つまり、私が思っているよりも、ミュの鶴丸って赤ちゃんなのかな、って。(*5)
鶴丸の中には、いまだに「心の穴」という「インナーチャイルド」がいる…。
おわりに(結論)
全体的にはすごい良かったです(結論)。
無理してチケット取って飛行機乗って現場入って良かった。本当に。
花暦を一年やってからの今回の「桜の木」とか、こういう丁寧に仕込むやつが好きだからさ、、歌仙〜〜…。
マイナーキーにアレンジされたテーマソング「刀剣乱舞」もめちゃくちゃ良かった。今回出陣してる7振り中3振りが「(失った仲間=)過去」にとらわれてるので。すごい合ってた。
あと今回歌うまだらけだったので(三日月と清光と鶴丸と山姥切が揃ってるの贅沢すぎる)、どの歌も聞き応えあってめちゃくちゃ良かった。刀ミュくんの出せるカード全部出しちゃった感があってそこはすごい心配なんですけど、、まあでもまだ髭切が控えてるもんな!な!???????
ほんとさ〜〜まりおくんが三日月でいる間に、三日月と鶴丸のデュエット聴けたのめちゃくちゃありがとう大感謝だった。ありがとうね。。黒羽麻璃央と岡宮来夢のデュエットだけで割とチケット取った甲斐あった気がする。豪華すぎて。
それからさあ!!!!!!!見た???
加藤大悟(山姥切)が歌うそばでさあ、黒羽麻璃央(三日月)と岡宮来夢(鶴丸)がさあ、笑顔で手合わせしてんの!!!!!!!ありし日の…思ひ出………………ア゛…。
オタクなんも言うことないよ。このシーンに関してはオタクの言葉が不要すぎる。でもこれだけ言わせて…ありがとう………………。
次のお願いはあの〜…ぜひ三浦宏規くんが髭切でいる間にその…霜月騒動をですね…髭切(三浦くん)と鶴丸(くるむくん)のデュエットが聴きたいんだよ私は。
霜月騒動、いつまでも待ってます。
*1
三日月宗近という機能、あるいは呪いについて
これ江水が来る前に書いた記事なのでめちゃくちゃ間違ってて、でも修正するのめんどいなーで放置してたんですけど、
当ブログで一番検索流入多いので直しました!
さすがに刀ミュのこと調べたい方がこれ見て勘違いしたら…まずいな…と思ったので。。!
*2
できれば「花」は霜月騒動でやってほしいね〜〜…。ずっと言ってる。
ミュ本丸では顕現時に審神者に舞をひとさし献上するわけですが、、月…。月と花は三日月が担ってても“イイ”な……。シンプルに考えたら、「月」は三日月のものかもしれないですね。歌仙(仮)が折れる前の三日月が(鶴丸やまんばがしていたように)開始十数分で審神者に舞をひとさし献上してたら、泣いちゃうかも。。
*3
めちゃくちゃ憶測ですが、「三日月(というか黒羽麻璃央くん)と鶴丸(というか岡宮来夢くん)が共演する作品」の企画が具体的に動いたのは『音曲祭』の後だと思っていて、でも、当初の想定では2024春の上演ではなかったんじゃないかな〜と思います。まりおくんのスケジュール的にも…。早まったのか遅まったのかはわかりませんが…。
*4
浅井さん脚本の問題点は「緩急のなさ」「クライマックスの弱さ」に集約されると思うのですが(ち〜さいさざなみが繰り返される150分)、その〜正直言って私は『三百年の子守唄』と『静かの海のパライソ』の大波がクソデカだっただけと思っているので、物語的にはその〜…。
ただ、御笠ノさんは、「歴史人物と刀剣男士の交流・関係性の構築」を描くのがめちゃくちゃうまかったんですよね。「キャラクターを描くのが巧い」。。
巧みな役者さんを揃えることでその点のカバーができていたぶん、余計に、「物語としての欠点」が浮き彫りになってたな。今回。って思いました!!!!!!愚痴おわり
*5
茅野さんが以前、オーディションでくるむくんを見たときに「鶴丸のまっさらなイメージにぴったりだと思った」みたいなことを仰ってました。
それを見た当初は「まっさら=純粋無垢」と捉えて、(私の解釈では鶴丸って純粋無垢じゃないけど)茅野さんの解釈=ミュ鶴はそうなんだなーと思ったのですが、違うかも。そういう意味じゃなかったのかも。と今更ながら思っています。
もしかして、「まっさら=子ども」なんじゃないかな。人格形成がうまくいかなかった、いわゆるアダルトチルドレン。
伊達双騎を観て、「落とし穴=心の穴」はシンプルに「初期刀を失った悲しみ」だと思ってたのですが、違うかも!!!!!!!
鶴丸の中には、子どもの時に獲得すべきだったもの(悲嘆感情)がなく、それによって本来なら昇華できているはずのもの(インナーチャイルド)がいまだ「心の穴」となっているのかも………………………………………………🤦♀️
▼伊達双騎の感想はこちら
ありがとう、舞台ヒプノシスマイク
BoP観てきたよ。

(以下、自分用の記録です)
6月21日、舞台ヒプノシスマイクの、キャスト全員卒業が発表されました。
ヒプノシスマイクが大大大大大好きなので、ヒプステにもめちゃくちゃ通いました。推し(岡宮来夢くん)が出演しているわけでもないのに…。
▼オオサカvsイケブクロ
▼ナゴヤvsシンジュク
▼シブヤvsヨコハマ
ライブだから感想記事は書かなかったけど、オオサカディビジョンのRep Liveにも行ったんだよ。3回観た。大好きだから。
その、ヒプステが、キャスト全員卒業…。
なので、最後はどうしても、大好きな夫と現場で“浴びたい”と思い、9/8夜公演を二人で観に行きました!(*1)

(会場で撮り忘れたので自宅で撮りました)(なので娘もいる)
「ごっつええトリオ」で荒牧慶彦さん演じる白膠木簓が出てきた瞬間、わァ…………ぁ…って…なって……。泣いちゃった!!!
その日の回替わりは「ショートコント『BoP』」だったんですけど、めちゃくちゃ面白いのにそれ観ながら涙が止まんなくて…アッこれ最後なんだ…って……なって…。
今まで簓と盧笙の二人でやってたじゃないですか。オオサカ名物回替わり漫才(今回はコントだったけど)。
それがさ〜〜2ndDRBを経て「ごっつええトリオ」になったんだよ。だから「超RAP劇」じゃないわけ。ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
終演後夫と二人で語ってるときに「あのくだりで〜」って言われても、え?なんだっけ?って何回かなった。途中途中記憶飛んでて…泣いてたから……。
でも、一回めちゃくちゃ泣いたことで自分の中で悲しいって感情に整理がついたのか、だんだん純粋に楽しめるようになりました。
楽し…楽しんでたというか……なんか…最終的に「ありがとう…」しかなくなってた。途中から。
私はそもそも加藤大悟くんめっちゃ良いじゃん!でヒプステTrack.3を観てヒプノシスマイクにハマったオタクなので、もう…なんか…だめだった。
加藤大悟くん演じる四十物十四のソロ、ナゴジュク本公演の現場でも泣いたんですけど、今回も当たり前に泣きました。加藤大悟にバラードを歌わせないでほしい。嘘。いっぱい歌って。
なんか…もう……聴きながら、大悟くんに対して「あなたのおかげで私はヒプステを観てヒプノシスマイクにハマったんだよ…本当にありがとう……」みたいな気持ちでいっぱいになった。怖すぎ。連れてきてくれてありがとう(??????)。
全員卒業がつらすぎて、ネタバレを避けてるつもりはまったくないけどSNS断ちしてたので、今回ソロがあることも知らなくて。。
レプライ、オオサカは行ったんだけど、本当はナゴヤもチケットは取ってて、でも断念しちゃったので……もう生では観られないんだと思ってたから…十四ソロ…最後に聴けて良かった…ありがとう……。
Track.5のノバス曲・MCD曲も、アレだと映像だったからご本人登場するって思ってなくて…廣野凌大くん演じる波羅夷空却が出てきたとき、ありがと〜〜〜!!!!!!しかなかった。
廣野くんと(一郎役の)高野くんの関係性ってめちゃくちゃ空却と一郎まんまじゃないですか???????
だから絶対…絶対この二人でノバス曲観たかったんだけど…でも全員卒業だから叶わないんだ…て思ってて……叶ったが。ありがとう………………………………………。
あと、Track.5を配信でしか観られなかったので(上演中はヒプマイ自体知らなかった)、「King of Kings」を生で観られたのもブチ上がっちゃった。
ハマりたてのころ最初の最初はYouTubeで動画みてて、そしたらKing of Kingsのトレーラー(上のやつです)が出てきて、エッKoKってあの…!?日本で一番有名なMCバトル……!!?ってワクワクしたんですよ。(*2)
で、原作の方の(声優さんが歌ってる)「T.D.D Legend」聴いて、ワーッ…!「たった今MCバトルを制した伝説のチーム」………ッッッ!「たった今MCバトルを制した伝説のチーム」じゃん!!!!!!!って…思って…。
大好きな曲だったので、これも生で観られてめ〜〜っちゃうれしかった。最後に。ハァ…最後なんだなあ………。
翌日マチネは一人で行ってきた!
Bブロック2列目とかいう最高の席だったので、最高でした。ありがとう。
その日のオオサカの回替わりコントは「ボケ・ツッコミの役割を変えようと提案する簓、とりあえず乗っかる盧笙と零」でした。
簓(荒牧さん)が、「自分は(ボケじゃなくて)カッコつける役割をする」みたいに言い出してカッコつけてみせたんですけど(そして荒牧慶彦なのでめちゃくちゃかっこよかったんですけど)、
そこで左馬刻の真似してて、それだけで面白かったのに、カテコで回収してくれて、、荒牧慶彦〜〜〜!!!!!!!て思いました。ハァ。
ずっとみていたかったよ。荒牧さんの簓。。
そりゃ天下の荒牧慶彦なのでいつまでも演じてくれるわけがないってキャス変は覚悟してたけど、、でもさあ、、こんな………。
話が逸れました。カテコで簓(荒牧さん)が「Battle of Pride」の大サビ前の左馬刻のパートを歌って、
そしたら零(郷本さん)が一郎のパートを歌う被せボケしてきて……ありがとう…ってなっちゃったな…
一郎(高野くん)が「クソ親父」ってキレててそれも含めて最高で…ハァ……。
オオサカ推しなので、どついたれ本舗を演じてる三人(荒牧慶彦さん・里中将道さん・郷本直也さん)がみんな「俺が一番ウケてやる!」みたいな意気込みで笑いを取ろうとしてくるの、ほんと〜〜に…本当に大感謝で…。
ア…書いてて涙出てきた……。
ハマったのが去年2月だったので、前任の東山さんの零を映像でしか知らないんですけど、でも、「2ndディビジョンバトルを経てトリオになった『どついたれ本舗の天谷奴零』」は郷本さんがピッタリだったんじゃないかな…って思います。空気感とか…笑いに対して全力なとことか……付き合いが良さそうなとことか…「縁を深めたあとのどついたれ本舗」なんだよあの三人は……。ハァ…。
あとさ〜〜〜〜〜センステで「Let It Bleed」「Bright & Dark」「三心同体」やってくれるのありがとうしかないんだけど〜〜ありがと〜〜〜〜〜〜〜。
ディビジョンバトルを模した演出、本公演から大大大大大好きだったんだけど、それを今回のBoPではメインステージから一人ずつ移動してマイク握って向かい合って…最高……ありがとう………。
私はほんっっっと〜〜〜〜〜〜に2ndDRBが大好きで原作ドラパもコミカライズ(*3)もめちゃくちゃ聴いてるし読み込んでるんですけど、、ハァ、、、ありがとう最後にそれを“““再現”””してくれて…ありがとう……。
絶対この映像は走馬灯に出てくる。
観てからずっと、ありがとう(祈り)(大感謝)(クソデカ溜息)を繰り返しています。
どうしてこの最高をもう二度と味わえないんですか????????
オオサカ推しなんですけど、それ以上に「ヒプノシスマイク」っていうコンテンツを愛してるので、卒業前にイケブクロの優勝が実現してその曲を生で観られたのもほんっと〜〜に…ありがとう……。(*4)
ヒプノシスマイクを愛しているファンの一人にとって、舞台ヒプノシスマイクはたくさんの「これが観たかった」を実現してくれたコンテンツでした。バトル曲のビーフ応酬とか。。
本当にありがとうございました。(旧)ヒプステ、永遠に愛してる。
*1
三人で飛行機に乗って二泊し、二人で現場入ってる間、娘は託児所で待っててもらいました。
ここです▼
(地元の病後児保育以外の)一時預かりというのを初めて利用したのですが、めちゃくちゃ良かったので、なんか今後観劇したいけど未就学児は連れて行けないなって時に利用したい〜!
*2
MCバトル、簡単に言うと、プロレスをラップでやってるみたいな感じ。です。(ざっくりしすぎ)
KoKについてはこちら▼
KoKを立ち上げたラッパー(漢 a.k.a. GAMIさん)と、所属事務所の社員だったラッパー(晋平太さん)がフリースタイルダンジョンでラップバトルしてたりします。ヒプノシスマイクみてえ〜!
ちなみに、日本一有名なライム「東京生まれ🎶ヒップホップ育ち🎶」は「Grateful Days」のリリックなのですが、これを共作した二人(kjさんとZEEBRAさん)は、ZEEBRAさんが「公開処刑」という曲でdisったことに端を発し、仲違いしています。一郎と左馬刻みてえ〜〜〜。
「T.D.D Legend」、まじで良い。たった今MCバトルを制した伝説のチームが“いる”。
ステ版の「King of Kings」は上記をサンプリングしています。
*3
コミカライズではディビジョンバトルがガッツリ描かれてます。
オオサカ推しなんですけど、城キイコ先生版コミカのナゴvsジュクが最高最高最高すぎてこれだけで一記事語れるし、原作ドラパの帝統くんの「最強最高のポッセだぜ!」でも一記事語れる。
ナゴvsジュクのバトル曲「Bright & Dark」だけ、大サビのビーフ応酬が二番手から始まるんですけど(サカvsブクロとシブvsハマは三番手から)、そのおかげで「獄に攻撃する寂雷」「それを庇う空却」っていう“まんま”が実現しててありがとうしかない。
Bright & Dark - song and lyrics by ヒプノシスマイク -D.R.B- Rule the Stage (B.A.T VS M All Cast) | Spotify
コミカライズ(上のやつです)で描かれたナゴvsジュク戦は、「攻撃から二人を守って立ったまま気絶する空却」「それを見て奮起しアビリティを発動する十四」「最後は獄vs寂雷」っていう““良さ””が詰まってるので、みんな読んでくれよな。このままだとこの注釈が本編になっちゃうから……。




ファンが推し疲れるだけなので、バトルの勝敗で展開が変わる(かのように謳う)仕組みはもう変えた方が良いと思います。
内容が良すぎるから、それをちゃんと聴いたり読んだりしたら投票先もおのずと左右されるのに、でも課金バトルに参加を強いられて疲弊して、そのせいで内容の良さが波及しないの、本当にもったいない。。
(もし仮に、私がヒプステを履修したのがバトル期間だったとしたら、あまりにもギスギスしてるから、内容の面白さに気づく前に作品ごと距離置いてただろうな…)
*4
ステ版の2ndDRBではオオサカに投票したんだけど(原作の方は当時未履修だったのでバトル参加してません)、イケブクロが勝つんだろうなとは思ってた。
だって私も決勝ではブクロに入れたし…(シブヤが敗退したなら2ndDRBはブクロが勝つべきだと思ってるから…)。
オオサカは…天谷奴零を擁している以上、徹底的にヒールじゃないですか…。チームメンバーが捨てた息子たちと対戦して、勝てるわけないんだよ。いろんな意味で。
コミカでは、「余力はあるものの息子の成長を認めて膝をついた天谷奴零」が拝めるので、みんな読んでください。